欧州単一効特許制度と統一特許裁判所について

 

1. 欧州単一効特許制度の概要

          欧州特許条約(EPC)は、現在のところ、出願から登録に至るまでの手続き、審査を一括して管轄しているが、特許権は各国独立しており、各国別の特許発行手続き、特許権維持手続きが必要となる。

              これに対し、欧州単一特許(UP)は、UP加盟国に対し、EPCで成立した特許権の維持、効力まで含めた単一効を与えるものである。

              現在、EPCの加盟国は39か国(モンテネグロ含む)、このうちUP加盟国は17か国である。そして、ちょうどPCT出願時にEPCを指定国として選択できるように、EPCで特許が成立すると、ドイツ、フランス…と個別指定するのと同様に、UPを選択可能となる。

              UPの指定は、EPC特許成立時にのみ選択できる。すでに成立しているEPC特許の指定国をUPに切り替えることはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



2. 統一特許裁判所の概要

              統一特許裁判所(UPC)は、UP加盟国のEPC特許係争を取り扱う裁判所である。UP非加盟国のEPC特許係争には関知しない。

 

              EPC特許成立時にUPを選択した場合には、UP加盟国に関しては自動的にUPCが専属管轄になる。しかし、UPが指定されていないEPC特許についても、UPの加盟国が一か国でも指定されたEPC特許については、そのUP加盟国での特許訴訟に対しては原則としてUPCが管轄となる。また、UP指定と異なり、すでに成立しているEPC特許に関するUP加盟国での特許訴訟についても、原則としてUPCが管轄となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


              例えばUP加盟国であるドイツ(DE)、フランス(FR)と、UP非加盟国であるスペイン(ES)をそれぞれ個別指定(UP非指定)するEPC特許について、ドイツ、フランス、スペインで侵害訴訟を起こそうとすると、ドイツ、フランスについてはUPCが一括して管轄し、スペインについてはスペイン裁判所が管轄することになる。

          UPCとスペイン裁判所は独立しており、仮にUPCでは特許無効と判断され、スペイン裁判所では特許有効、侵害成立と判断されると、当該EPC特許はドイツ、フランスでは失効し、スペインでは生存し続けることになる。

 


3. 欧州単一効特許の選択

          欧州単一効特許(UP)を選択するか、従来通り個別に国を指定していくかは、出願人にゆだねられている。ただし、UPを一度選択した場合、UPの離脱はできない。

  @費用

              UPを選択した場合、現時点で17か国まとめて特許取得、維持を行うことができる。

              UPを選択した場合の権利維持費用は、おおよそ4か国分に相当する。また、個別指定の場合に必要となる移行手続き(翻訳文提出などを含め)が簡素化されるので、UP加盟国の4か国以上を指定するのであれば、費用的にはUP選択の方が安くなる可能性がある。

  A統一裁判所の専属管轄

              UPを選択した場合、UPが単一効特許制度であるといわれる所以であるが、自動的に統一特許裁判所(UPC)の専属管轄となる。UPCの離脱(Opt-out)はできない。

              この結果として、UPCで特許無効と判断されれば、すべてのUP加盟国で特許無効と取り扱われるため、特許無効を争う第三者側としては費用、手続き的に有利になる可能性がある。

              ただし、権利者側としては、侵害追及が費用的、手続き的に有利になる可能性もある。

  B手続き

              UPの選択は、特許査定から1か月以内に、UPを選択する旨の申請を行う必要がある。通常の登録手続きより短期間であるので注意が必要である。UP選択の申請自体には庁費用は掛からない(代理人費用はたぶん掛かる)。

  CUPを選択可能となる時期

              2023年の第一四半期ないし第二四半期との情報がある。

  DUPへの加盟国

           UPはEPCの制度というよりは、EUの制度であるので、UPへ加盟することのできる国は、EPC加盟国且つEU加盟国である。したがって、現時点でイギリスはUPに加盟することができない。

              現在のUP加盟予定国:イタリア、エストニア、オーストリア、オランダ、スウェーデン、スロベニア、デンマーク、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベルギー、ポルトガル、マルタ、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、ドイツ

              仮に現時点EP特許UPの指定を行い、その後にアイルランドがUPに加盟したとしても、そのEP特許の単一効はアイルランドには及ばない。

  DUP選択のポイント

              費用的な面でのUPの選択は、4か国以上であれば利点がある可能性が高い。

              ただし、UPを選択すれば、UPCが自動的に選択されることになるから、UPCをオプトアウトしたい場合には、UPを選択することはできない。


4. 統一特許裁判所の選択

              統一特許裁判所は欧州単一効特許制度加盟国のための裁判所であるから、UPを選択した場合には離脱はできない。

              UPを選択していない場合にも、原則としてUP加盟国を対象とするEPC特許関連の裁判はUPCが管轄することになるが、移行期間(7年から14年)の間は、UPCを選択しない(各国裁判所の管轄を希望する)とする申請を行うことができる。

  @オプトアウト

              UPを選択していないが、UP加盟国を指定しているEPC特許については、UPCを管轄裁判所としないことを申請することができる(Opt-out)。このオプトアウトは、すでに成立しているEPC特許を含め、特許(出願)ごとに行う必要がある。

              オプトアウトが可能な期間の始期は2023年1月1日(予定)なお、オプトアウトの申請が可能であるが、統一特許裁判所が稼働していない2023年1月1日〜2023年3月31日をサンライズ期間と呼んでいる。

              終期は、移行期間内であり、且つUPCでの手続き開始まで。

              したがって、第三者がUPCで特許無効化手続きを開始してしまうと、それ以降オプトアウトできなくなるので、オプトアウトを希望する特許ないし出願については、早め(できればサンライズ期間)にオプトアウトすることが望ましい。

              前述の期間内であれば、いつでもオプトアウトすることができ、またオプトアウトした特許ないし出願をUPC管轄へ移行する(オプトイン)することも可能であるが、一度オプトインした後は、再度オプトアウトはできない。

  A統一特許裁判所の活動開始時期

              2023年4月1日(予定)

  B移行期間

              UPCがUP加盟国のEPC特許に関連する訴訟を一手に管轄するのが本来の目的であるが、移行期間については出願人ないし特許権者にUPCと各国裁判所を選べるようにしている。この移行期間は統一特許裁判所開始から7年(最大14年)である。この移行期間が経過すると、UP加盟国でのEPC特許に関する訴訟はすべてUPCで取り扱われることになる。

  Cオプトアウトのポイント

              UPCはUP加盟国において有効な一元的な判断を行う。このため、特許権者側からすれば、UPCで無効判断がなされれば、UP加盟国全体の特許が無効になるため、リスクがある。

              一方、特許権者がEPC特許権の侵害追及を行う場合にも、一元的な判断がなされるため、各国で侵害訴訟を起こす必要がなくなり、費用的、時間的に有利となる。

              特許の有効性が高いのであれば、UPC選択がよいといわれる所以である。

 

              なお、UPCで判例が蓄積されるまでは、特に特許の有効、無効についての判断基準がはっきりしないため、とりあえずオプトアウトを行い、判例が蓄積されてからの評価によりオプトインするのが妥当なところではないかと思われる。オプトアウトの費用については、庁費用は無料であるが、代理人費用はまだ不明(一件200ユーロくらいで、権利者当たりの件数によってディスカウントあり…というような感覚)。